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San Fransisco 49ers 私も今日から49ner

そう、今日は私のファッキン誕生日、49年前の1962年11月4日、私は
母親の体内から取り出された訳だ。

50まで1イヤーアウェイですか。認めたくは無いけど、確実にジ・エンド
は近づいて来てるって事だよね。昔は人生50だった訳だから。

昨夜、家族で晩飯を食ってる際に私の誕生日が話題に上がった。私は
嫁ハンとバアサン(実母)にそれとなくバースデイプレゼントを促したが、
「そんな年まで行きてられた事を周囲に感謝して、アンタこそ私達に何か
プレゼントすべきだ」旨の事を嫁ハンに、すかさず言い返された。
まあ、確かにそうかも知れない。

言うに及ばず、今年2011年は全てのニッポンジンにとって忘れようにも
決して忘れられない年になった。3月11日以降。

一年前、まさか放射能に怯える暮らしが待っているとは夢にも思わなかった。
貴方も、誰でもそうだろう?外部被曝に加え、食い物がどれだけ放射能汚染
されているか気にしながら生きて行かなきゃいけない日が来るとは、想像も
出来なかった。

49のオッサンが被曝したところで、どーって事は無いんだろう。だが娘はまだ
7歳、今月中に8歳になるが、だ。被曝は最小限に抑えなければならない。
本当はゼロにしなきゃいけないが、それはもはや、海外移住と同義語だろう。

現実問題として、少なくとも当分の間は、このニッポンで暮らしていかざるを
得ない。それは私と嫁ハン、つまりは親の都合によるものだ。そう言う意味で、
娘に申し訳無く思う。

311を期に、ニッポンは貧しい3流国家へ転落して行くと思う。TPPに加盟しようが
しまいが、英語は必須の社会になって行くと思う。この鎖国大国、非民主主義大国
ニッポンも。まだ殆どの人が気付いて無いようだけど。誰も認めたくないようだけど。

それを踏まえて、娘がたくましく幸せに生きて行くために、必要なツールと出来る
限りの資産を娘に与えてやることが、残りの人生のワン&オンリーミッション
だな。

そう、もう自分の事など本当のところ、もうどーでも良いと思う。娘さえ、そしてまだ
まだ娘にとって必要な母親(私の嫁ハン)さえ幸せでいてくれさえすれば、それで
良い。心からそう思う。

これが49歳誕生日に、私が考えた事だ。
I love you,my daughter.
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